
四国八十八ヶ所霊場。車遍路でその一つ一つを巡っていると、ふと不思議な気持ちになることがあります。
「なぜ僕は、こんなにもワクワクしながらこの道を進んでいるんだろう?」
正直に告白すると、僕は空海の書かれた書物を読み解こうとすると、頭が痛くなってしまいます(笑)。密教の教えは奥が深く、文字だけを追いかけても、腑に落ちてこないのです。
それなのに、車を走らせて実際に札所へ向かうとなると、心が躍る。この「頭では分からないのに、体は喜んでいる」という矛盾のような感覚。今日はこのことについて、じっくり考えてみたいと思います。
空海は88の寺を「建てた」わけではなかった
四国八十八ヶ所と聞くと、なんとなく「空海が一人で88のお寺を全部建てた」というイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。僕自身、そう思い込んでいた時期がありました。
しかし調べてみると、伝承としては「弘仁6年(815年)、空海が42歳の厄年のときに、自らが修行して歩いた足跡を聖地として開創した」とされていますが、史実としてはもう少し複雑なようです。実際には、空海が生きるずっと前から存在していた古刹も含まれており、「空海が一人で全部を創建した」というよりも、「空海ゆかりの地として、後の時代の人々が選び定めていった」という側面が強いのです。
つまり空海は、88の建物の建築者というより——
「この四国という道筋そのものに、意味を与えた人」
なのだと思います。
88という数字に込められた、無数の「願い」
ここで僕は、あることに気づきました。88霊場というのは、単なる建物の集合体ではない。そこには幾層もの「願い」が積み重なっているのではないか、ということです。
- 空海自身が実際に歩き、修行した足跡
- その生き様に惚れ込んだ僧侶や信者たちの祈り
- そして江戸時代以降、幾世代にもわたって道を歩き継いできた巡礼者たちの想い
一人の人間の生き方に、これほど多くの人が「惚れ込み」、その足跡を辿りたいと願い、それが1200年もの時を超えて今なお続いている。これはもう、単なる観光地や宗教施設という言葉では収まりきらない、「人々の情熱の集積地」なのだと思うのです。
だから、頭で分からなくてもワクワクする
ここでようやく、僕自身の中にあった矛盾が解けた気がしました。
空海の教えを言葉で理解しようとするとき、僕たちは「頭」という回路を使っています。真言密教はもともと、身体・言葉・心を使って体感的に近づいていく「身口意(しんくいち)の三密」の教えとも言われます。つまり文字だけを頭で追いかけようとすること自体、そもそもこの教えの設計とは少しズレているのかもしれません。
一方で、車を走らせて実際にその土地に立ち、空気を感じ、札所の前で手を合わせる。これは「体感・行動」による理解です。書物を読んで論理的に納得することとはまったく違う回路で、僕は空海に、そしてこの道を紡いできた無数の人々の願いに、近づいているのだと思います。
頭で理解できないことを、恥じる必要はまったくない。むしろ僕は、「体で分かる」タイプの人間なのだと、今は素直にそう思えます。
次の札所へ向かう理由
88霊場を巡るということは、空海一人の足跡を追うことではなく、その生き様に惚れ込んだ無数の人々の情熱の連鎖に、自分自身も加わっていくということなのだと思います。
だからこそ、次の札所へ向かうハンドルを握るとき、僕の胸は高鳴るのです。
この道の先に、そしていつか「89番目の聖地」に、僕自身の願いをどう重ねていけるのか——それを確かめるために、僕はまた車を走らせます。